会談の通訳中に沈黙・・・

ブログ担当の酒井です。

会談の通訳中に通訳者さんが沈黙しちゃったら・・・((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 

 

この記事から。

・18日の「ミヤネ屋」で小池百合子氏とIOC会長・バッハ氏の会談を生中継した
・会談中、番組の今西裕美子氏の同時通訳音声が沈黙になる珍事が発生
・会場にも同時通訳の担当者がおり、中盤から会場の様子のみを中継していた

詳細は記事をご覧いただければと思いますが、結局、最後まで読んでも「なぜ、それが起きたのか」「責任(?)はどこにあるのか」は見当たりませんでした。

決して責任追及をしたいわけではなく、というかそれについては部外者だしどうでもよいのですが、通訳者の嘆きや不安のひとつに「通訳者にとって不可抗力のことを通訳者(私)のせいにされかねない」というものがあるよなー、と思ったので取り上げました。

例えば、日本人の話者がある質問に対して答えを「ぼかしたい」ケース。
話者としてははっきり答えたくないので、かつ「答えたくありません」「答えられません」とは言わず、「Aですか?Bですか?」という質問に対して「え~、AというかBというか、、、Cみたいな、、、」なんて答えになってない答えを話しているわけですが、それをそのまま通訳すると、ボンヤリした答えを聞いた質問者は「・・・?質問はちゃんと伝わってるのか?答えをちゃんと訳せているのか?」なんて顔をされると(^_^;)

こんな時、通訳者としては「そんな顔しないで!わたしはこの人が話してることを正確に訳してるのよ!」なんて叫びたい気分になるとかならないとか笑。
でもそんなこと言いだすわけにはいきませんよね。

こうした時にどうするべきか、という正解はないと思いますが、酒井がアドバイスするとすれば、「こんな状況」になったとしても、「通訳のせいじゃないの?」と「思わせない、思われない」関係づくりや関わり方を意識しておくこと、かと思います。

もちろん時間的・場面的・条件的制約もたくさんあると思いますが、会議以外の場面や時間帯でも積極的に話を聴きに行くとか、質問をするとか。そうでなくても相手や空気が許せば世間話をしてみるとか。

そういう風に関係を作っておくと、その場には「味方」が少なくとも一人はいるという気持ちになれて、ちょっと救われるのではないでしょうか。

ひと昔前は「私は通訳なんだから、通訳が必要な時間以外はまったく関わらないわ!何も頼まないでちょうだい!この時間は他の仕事を進めるわ!」なんて方もいたと聞きますが、外国語ができる方が増えている昨今、そんな考えはもう通用しないと思います。

結局、「通訳者は通訳できてあたりまえ」の世界で差別化していくには、いろんな面から「あなたという人間」を知ってもらう、スキル以外の部分も高めていく必要があるだろうな、と思っています。